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サトウキビや黒砂糖、台風銀座と言われる奄美諸島(奄美大島・徳之島・沖永良部島・与論島・喜界島)では飴も自作だった?

先ほどの投稿記事にサトウキビ黒砂糖の表現も・・
小学校への入学前後の頃だったか・・大家族で住んでいた頃
二期作の稲作野菜も色々と栽培していた。 その中にはサトウキビの栽培も・・
台風銀座と言われる奄美諸島(奄美大島・徳之島・沖永良部島・与論島・喜界島)ではサトウキビの栽培が盛んだった
風を受けやすく風に弱いサトウキビ、銀座と言われるほど接近する台風の合間をぬっての栽培は大変だっと思う
サトウキビ以外にも台風を避けて年に2回もの米栽培も大変だったろうと・・思います~子供時代は、このような観点から見ることは無かったが
を持って先ずは根元から切り取る。 次に葉っぱ部分を切り落とす
ヒゲ状のニギ?に当たると痒い!
やや曲がった棒状のキビを何本か纏めて担ぐと肩に食い込み痛い
従い肩にはタオルやらを掛けて和らげる。 バランスも必要

時代が変わった後には収穫されたサトウキビは製糖工場へと運ばれて行った訳ですが先ほどの頃は収穫現場近くの地元のプチ製糖工場へ
生家の150~200m位の所に一時期はミニ工場が有った
スグに無くなったが微かに覚えているのは、そこではサトウキビよりキビ汁を絞り出す機械の動力源に力(人力の少し上の牛が円形に回って絞り機械を回す)を使っていた
別の工場では水車を使っている所も・・・
絞り出したキビ汁は今風に言うとパン(洗濯機の下に敷く防水パンを大きくしたもの)に流し込み沸騰させる。
水では無くキビ汁故、沸騰したら可成りの高温だったんでは?
パンの中の煮えたぎった砂糖汁を櫂(かい)みたいなもので掻き混ぜる
次第に固形化して行く・・・香ばしい甘~い匂いがぷんぷんと漂う
この過程で、やや柔らかめの飴状の砂糖を何と言っていたのか大き目の葉っぱに載せてもらって・・・食べるのが格別の味だった
生のサトウキビをしゃぶる味、黒砂糖を食べる味とは違う製糖行程の中間の甘~い味・・あま~い匂いを嗅ぎながら・・・
もう一つの楽しみは、この中間の段階の固まる寸前の柔らかい黒砂糖をウドンやソバをのばすみたいに冷ましながら両手で広げ縮めを繰り返してやがては白っぽい変色した砂糖飴にして頂く・・・美味しさは格別だった。
都会から遠く離れた奄美群島での菓子代わりの飴さんでした
沖縄より一足早く米軍の統治下より日本へ復帰した前後だった頃の事

それから数十年後、埼玉県坂戸市・鶴ヶ島市・東松山市周辺で営業の仕事をした際に小江戸とも称せられる川越市菓子屋横丁にも何度か立ち寄りました。
(残念ながら昨年、その菓子屋横丁にて火災が発生して今は復旧段階に有るようで大変みたいですが・・)
見聞きしたことは有っても実際、田舎では商店街と言える並びは無かったし品揃えも貧弱・・・また大家族故に経済的にも・・・
でも菓子屋横丁の雰囲気は最高だった
昔、田舎の小さな小さな製糖現場でもらって自分で飴にして食べた体験から相通じる何かを感じたんでしょう。 何となく落ち着く! 行きたい!
自転車でも何度か行きました。
焼き餅、団子にお土産に地ビールなど・・・

あの時、アレをしていたら・・ハミガキ、歯磨き、はみがき、HAMIGAKI 励行で万歳人生かも?

見かけることが有ります。 皆さんも何度か見たこと有ると思います。
何~んだ! それって自分でもやっているさ! 俺って常時ソレでしかやってないよ!と言われる強者も結構おられるかも知れません
瓶ビールなどの蓋、栓抜きを自身の素手ならぬ歯で外す方々です
生まれて数十年の当方も数回は試した記憶は有りますが、実際に栓が抜けたか成功したか・・定かな記憶は有りません
今思うとゾッとします
治療済みの歯がガムやキャラメルを口にして外れ、ほっといたら虫歯の進行が・・の体験も
昔から歯医者にはかかりっ放しなんですが一時期は長期間の御無沙汰?でした
3年程前から改めて通院しだして部分的な治療だけでは無くて入れ歯にしようと・・途中、色々な事情が有って遣り直しの連続
未だに所(歯科医院)・人(失礼!歯医者の先生)を変え治療中なんですが、やっとイイ先生に出会えました。
上下の入れ歯の下側は完成?(建築物みたいな表現かも)し、現在は上側に挑戦中?(スポーツ選手みたいな表現かも)なんです
下の入れ歯、調整が不要なほどのピッタリ感の出来映えなんです
以前に別の歯科医院での入れ歯との比較では大きな違いが・・・
色んな点で違うんです。 落ち着いたら、いずれ何らかの形で発信することになるかも? しない事になるかも・・・
上の入歯が入り上下の噛み合わせ等、まだまだ不安は有りますが下側の装着感や長年の歯医者通いの体験から、今以上の治療レベルを求めるのは無理と言うもの・・今回は期待しています。
これで駄目なら諦めも尽きます。

さて昔の幼き頃は虫歯と言ってもソレが進み、動き出したら指で動かしたり舌で動かしたりして最後には、しかめっ面しながら一気に押し倒し自力?で・・数本も俄か歯医者になって抜いたことが有ります
昔の田舎住まいの人って結構同じ経験をお持ちなんでは無いでしょうか
だって経済的に・・、また歯科医院の無い辺鄙な地域だったり・・

ところで乳歯は別として、今の歯の状況に陥った最大の原因は?

あの時、あれをしていたら・・・大袈裟の半分くらいの割合で真面な・・・
一番目立つ前歯を入れ歯にする必要も無く、前歯を避け集中的に奥歯で噛んで奥歯を失う事も無く・・・自分の人生、12.34%位は有意義な期間が増えただろうにと
見た目から来る消極さ・痛さ・通院回数 等など抑えられただろうに
** たった一つ、歯磨き を怠っていた **
あれは生家で祖母と二人で住んでいた中学2・3年の頃、よく口にしたガジャマメ(サタまめ=砂糖豆)・・炒った落花生を黒砂糖で塗した食べ物
が前歯に挟まっていたのに気付きながら放っておいた事件??
歯磨きすることも少なかったなぁ!
水道は無し、庭に有る井戸から釣瓶で汲み上げるのも面倒、玄関口に置かれた水瓶から汲んで洗面器で洗顔・歯磨きも億劫だった
その昔は両手指を越える人数の一つ屋根下での家族で年に1~2回は井戸の清掃も大掛かりに行っていた記憶が・・
それも皆が離れて行き、一人戻った当時は衛生面から・・所謂ボウフラらしきものが・・・
それで寒く無い日は、近くを流れる小川に出かけて歯磨きを・・・
それも雨がふると川水も濁って来たもの・・・

今は水道も普及し歯ブラシ・歯磨き粉も安くて良いモノが手に入る
歯磨きを躊躇うことも無かろう・・・
メーカーの回し者では無い!
ハミガキ、歯磨き、はみがき、HAMIGAKI  励行で万歳人生かも?

(追記)
一時はサトウキビ畑での収穫作業中や自宅ほか彼方此方でサトウキビの固い皮を剥いて、しゃぶっていたのに・・

“もう幾つ寝るとお正月?”~全部ひらがな記述の方が相応しいのかも

全部ひらがな記述なら”もういくつねるとおしょうがつ?”
もう、そんな話が聞かれそうな年末も近づきつつ・・・
でも昔の生活も、そんなセンス良い暮らしでは無かったので記すこと自体が慣れない歌詞で気恥ずかしい。この年になれば尚更のこと。

大家族の頃は、つきたての餅・雑煮は好物でした
今でも好きなんですが餅つきを自宅ですることは無いし・・・
家で餅つきしていた時は、直前の温かい「おこわ」を口にするのも美味しかったなぁ~
大家族総出での田植え・稲刈り・脱穀二期作ゆえに年に2回ずつ
勿論「うるち米」だったが、一部は「もち米」も栽培していたハズ
焼き餅も大好きだった・・・ついでに思い出すは「サツマイモ
こちらも畑で作っていたので大きな鍋で蒸かしていた
食糧難からか、一週間に1~2回は「芋弁当」の日が有って生徒の皆が蒸かした「さつま芋」を2つ程、弁当箱に詰めて登校したもの。
たまにはサツマイモの葉っぱ汁を出されることも・・頻繁では無いが。

今は加工品として先立つモノさえ有れば至る所で販売品を手に入れることが出来てしまう仕組みに・・時代の流れと共に「懐かしき思い出」も移り変わって行くんですネ。

自家栽培・収穫なら今後ややこしくなって行く「消費税」賦課の区分けや事務処理の煩わしさ等、無縁だろうが・・・

先日の昼休みに中央の三角州?にて昼食ならぬ軽食?正解は微食!

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三角州では無くて古都・京都市を流れる鴨川と高野川が合流する地点
狭い範囲で見渡せば扇状地みたい
それにしても京都市の鴨川と賀茂川の区別は?同じかな?

(注)美食では有りません!微食・・微量の食事でした