前にもブログ記事として投稿したことがあると思う
出来たらヒッチハイクをしてみたいとの念はあれど、先ずは鹿児島市を列車で出発する
その時の旅の記憶は断片的にしか覚えていません
大雨ほかコース上の地で災害が有ったなどの際、やはり旅した 者として気になるし思い出そうと・・
“加久藤町“と言う記憶が・・ヒッチハイクを体験したいとの希望は有れど気の小さな小生、自分から言い出せず後方を頻繁に伺いながら加久藤辺りを歩いていました
諦めたのか前を向いて歩いていたら、トラックのドライバーさん、当時は運転手さんて呼ぶ方が普通かも・・が「乗っていかないか」と逆に声をかけてくれた
断る理由は無く、助手席に乗り込んだ
慣れないし元々、ひとと話すことも少なく内気な性分ゆえドライバーさんに聞かれたら答える・・道中
でも他力本願とは言え、曲がりなりにもヒッチハイクを体験した次第
そう言う訳で”加久藤町“の町名が長く頭の隅に・・
当時と比べ今はネットなる便利な世界も登場
ネット検索して見ました。あれっ・・
数年前こそ全国で市町村合併が多く有りましたが、その旅の時期には余程の事が無い限りは市町村サイドから気運が盛り上がることは無かったハズ
でも記憶に残る”加久藤町“は”えびの町“になっていたようだ
昭和41年11月3日・・文化の日・・か
飯野町・真幸町に加久藤町の3町が対等合併して”えびの町“になっています
それから2〜3年後になろうか
その地を俄ヒッチハイクしたは?
従い、以前の看板・標識が残っていたりだったかも・・何せ”加久藤町”を旅の途中に立ち寄ったとの少ない記憶に・・
因みに昭和41年に合併で「えびの町」が誕生し、更に昭和45年に市制施行で「えびの市」になっていますネ
その後、中学の修学旅行での熊本市・阿蘇山の思い出の地を独りで旅したかったのか熊本市へ
本格的な一人旅は初めて、何も知らない、金も無し、熊本駅で一夜を過ごそうとベンチにて座り込む
やがて駅員さんに待ち合い室は閉めますと・・
阿蘇山に・・豊肥本線経由して大分からフェリーにて愛媛県の八幡浜市へ。 松山市・高松市そしてフェリーで兵庫県へ
その数年後、夏休み期間中に兵庫県から四国へ
ほぼ一周に近い四国をサイクリングあれど
当時、九州から四国に渡った旅が「四国の旅」の先駆者?先輩格になる・・話し・・で有ります・・
The end ・・