今は跡形も無いが生家は鹿児島県大島郡徳之島町に有った
後で町村合併により町になるが以前の行政区は村だった
兎に角、闘牛が有名で闘牛を飼っている家もあって夕方には飼い牛に闘牛なる戦いの闘い方を練習する光景も見受けられた
でも我が家では、牛は飼わずに田植え前の鋤き作業に必要な時に農耕用の牛を借りて来ていた
田鋤きに鋤を引っ張ってもらってました
数羽のニワトリと数頭の豚は飼っていました
豚足は、素麺やうどん と共によく出ていましたネ
でも家で飼っていた数頭の豚では大家族のたびたびの食材には足らない
特に精肉屋がある訳では無し、何処からか調達していたんでしょう
家の豚舎は炊事場のスグ近く、独特の臭いにも慣れていたんでしょう
時代は変わり、後で神奈川県綾瀬市にて大きな養豚場の近くを通った際、懐かしきニオイに出会った
何故か親近感を覚えたことも有ったなぁ
前にもブログ記事として投稿したことがあると思う
出来たらヒッチハイクをしてみたいとの念はあれど、先ずは鹿児島市を列車で出発する
その時の旅の記憶は断片的にしか覚えていません
大雨ほかコース上の地で災害が有ったなどの際、やはり旅した 者として気になるし思い出そうと・・
“加久藤町“と言う記憶が・・ヒッチハイクを体験したいとの希望は有れど気の小さな小生、自分から言い出せず後方を頻繁に伺いながら加久藤辺りを歩いていました
諦めたのか前を向いて歩いていたら、トラックのドライバーさん、当時は運転手さんて呼ぶ方が普通かも・・が「乗っていかないか」と逆に声をかけてくれた
断る理由は無く、助手席に乗り込んだ
慣れないし元々、ひとと話すことも少なく内気な性分ゆえドライバーさんに聞かれたら答える・・道中
でも他力本願とは言え、曲がりなりにもヒッチハイクを体験した次第
そう言う訳で”加久藤町“の町名が長く頭の隅に・・
当時と比べ今はネットなる便利な世界も登場
ネット検索して見ました。あれっ・・
数年前こそ全国で市町村合併が多く有りましたが、その旅の時期には余程の事が無い限りは市町村サイドから気運が盛り上がることは無かったハズ
でも記憶に残る”加久藤町“は”えびの町“になっていたようだ
昭和41年11月3日・・文化の日・・か
飯野町・真幸町に加久藤町の3町が対等合併して”えびの町“になっています
それから2〜3年後になろうか
その地を俄ヒッチハイクしたは?
従い、以前の看板・標識が残っていたりだったかも・・何せ”加久藤町”を旅の途中に立ち寄ったとの少ない記憶に・・
因みに昭和41年に合併で「えびの町」が誕生し、更に昭和45年に市制施行で「えびの市」になっていますネ
その後、中学の修学旅行での熊本市・阿蘇山の思い出の地を独りで旅したかったのか熊本市へ
本格的な一人旅は初めて、何も知らない、金も無し、熊本駅で一夜を過ごそうとベンチにて座り込む
やがて駅員さんに待ち合い室は閉めますと・・
阿蘇山に・・豊肥本線経由して大分からフェリーにて愛媛県の八幡浜市へ。 松山市・高松市そしてフェリーで兵庫県へ
その数年後、夏休み期間中に兵庫県から四国へ
ほぼ一周に近い四国をサイクリングあれど
当時、九州から四国に渡った旅が「四国の旅」の先駆者?先輩格になる・・話し・・で有ります・・
The end ・・
今月は残すところ、今日・明日と二日間です
今、Wi-Fiスポットを求めて某所に来ております
一般家庭に光ファイバーが入り始めた当初から光ファイバー回線を利用したことは有ります。
現時点では、スマートフォンのテザリング機能を利用してブロードバンド環境が使用可能と言う事で、固定的な光ファイバー回線は利用していません。 ユビキタスな環境で、より多くのデータ通信を行いたいが為、スマホ単体またはテザリング機能経由のパソコンでのデータ通信を・・
便利な世の中、ネット環境になったものです
音楽・映像(動画)をダウンロードしたり視聴したりは殆ど無し・・特別な興味は持ち合わせておりませんので・・
世の中の一般的な動き・流れは知りたくてニュース的なサイトは毎日何回もアクセスしていますし天気予報サイトも・・
でも限られていますネ
消費データ量の大半は、OSやアプリケーションのダウンロードや数多く管理運営しているサイトグループの維持・メンテナンス作業に伴う更新作業です
更には関心あるサイト・ちょっと気になるサイトさんのチェックによるデータ通信です
通信費を安くしようと、少なめのプランに変えたら今度は足らなくなった
で、今日・明日の二日間はキャリア提供のWi-Fiを利用するためにスポットを探しての移動も・・
月が変われば増量となる変更後のプラン適用となり通常使用なら従来の経験から上限許容量の範囲内に収まりそうです・・・ヤレヤレ
一昔前(数年前)、スマートフォンでブロードバンド通信が可能となった時点からスマホを購入して早速に利用し始めました
RS232C規格での通信、イントラネット環境での通信、加入電話回線でのパソコン通信・インターネット通信、ISDN回線でのインターネット通信、固定の光ファイバーブロードバンド回線によるインターネット通信と高速化して来た一連の流れは体験しつつもユビキタスな通信環境には感激したもの
当時は未だテザリング機能は無かったものの、流れから何れは実現化するだろうと予感させるものが有りました
しかも当時のスマホ使用のブロードバンド通信?は月間データ通信量の制限が無かった。 上限無しだった!
ちょうど、その頃に各地を長距離にわたって車で移動する必要が有ったのですが所有の車にはカーナビの装置は無かった
でも通信キャリアの当時のデータ通信量は上限無しだった為に、極端に言えば終日、スマホでグーグルのアプリを利用して代用出来ました
見知らぬ道路を通常に走行して特に問題なくルート案内をしてくれました。 名古屋地域での複雑な高速道路や一般道路の交差するルートでの道案内も特に迷わずに・・
ただ山道では・・キャリアの電波が届かずに頼れないことも・・
この際は、大概が大きな一本道ゆえ道路地図や標識で対応出来た
こう一つは、今のスマホ以上にバッテリーの能力は劣っていた訳で、長時間のスマホによるカーナビ・アプリ使用は無理が有ると言うもの
しかもカーナビゲート・アプリケーション自体が刻々変わる位置情報の遣り取りに位置衛星からの電波受信にバッテリーを消費していたハズ
その対策にとシガーソケット使用の電源装置を買い求め、常時スマホへ電力を供給する必要が有りました。 当時の思い出になる文化遺産(決して、世界文化遺産とは言いません・・小生の生活遺産・・勝手登録物の勝手遺産です)
本日7/30(土)は「土用の丑の日」とか、ウナギを食べる日?
良くは知りませんが毎年のように耳にしますネ
鰻・・食べたことが無い訳ではないが最近はとんと・・口の中までは・・
スーパーストアの食品売り場で見かけても、最近は特に高級品になったみたいでチラッと見て見ぬふり・・・
「土用の丑の日」とか夏場の元気付けにとか全く意識せずには何度か口にしましたネ
今では高嶺の花の、更にもう一つ上の高級品になってしまった模様です・・あのぉ~個人的見解です
多少、昔の思い出が有るもので・・
小学校4年に徳之島を離れて奄美大島の田舎ですごしました
80戸くらいの小さな集落だったのですが二期作の水田は多い
畦道に沿って用水路が流れていた
今時のコンクリート製では無く、用水を流すための泥造りだったか
特に気にすることも無かったが鰻が沢山いたんでしょう!
或る時、小さな水路からおびただしい程のウナギの姿が・・
何やら様子がチッとおかしいのは感じたが、どれ以上の疑問は感じない当時だった
今では許されない漁法でしょうが今、振り返ってみると・・・
田舎の田んぼ近くの電線からケーブルを延ばしてウナギ群を感電させて捕えていたのでは?と思う
当時は特別な高級魚でも無いし、あれほど大量のウナギの群れを見ても不思議?にも思わないし感激?もしなかった
冷蔵庫も冷凍庫も無い時代なれど、仮に有って子供ながらに商売っ気が有って多少の小金持ちであったならばなぁ~
特に高くは無かった、あの大量のウナギを手に入れて冷凍庫に冷凍保存して置き半世紀経っての今、売りさばく・・・ダイヤモンドに変化していたことでしょう
それにしてもウナギの値打ちがこれほど高騰するとは読めなかった
山あり、川あり、海?は無かったが野は有り
田園風景はふんだんに・・水田には育ち行く稲の緑が映える
トロッコ列車・保津川下り・湯の花温泉 も有る
近くには、あの世界的に有名な観光地・・
ここまで言えば賢明な皆さんのことスグにお分かりと思います
そう、言わずと知れた古都京都・・が近い
ここ亀岡市から一山、老ノ坂を越えればソコは京都市街
この年でも6段変速のママチャリ+立ち漕ぎならノンストップで行けたことも
でも今では悟りの境地に至りてスグに降りて自転車を押して進む・・押して行く時間は約15分
立ち漕ぎも押すも上り坂で進む速度は同じで有ることを発見してから押す方専門となりました
観光地・京都市は近い
従い散策・ハイキング・サイクリングと気軽に!
よってウェブサイトのコンテンツにも京都がらみ が多く、自然と「京都」を絡ませたキーワードでの検索にヒットする度合いが高いみたい
一般的に「京都」でのコンテンツは多いと考えられるインターネットの世界で・・
これは偶然の地理的条件・環境からでしょうか
(京都府)京都市・南丹地域(大阪府)北河内地域・豊能地域・三島地域にて太陽光発電・オール電化・住宅リフォーム+ソフト開発の[ソフト工務店]エネシスポート(亀岡市)~因みに太陽光発電・発電量推定ソフトも自作でシミュレーションも色んな角度で